鍼灸師の雑談

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~開業への一歩~ 静岡市 鍼灸院

〜往診から始まった鍼灸師としての挑戦〜

26歳のとき、私は地元へ戻る決断をしました。
そして同時に、ある一つの覚悟を決めていました。
「まずは往診だけで、生活費を払えるくらいの患者さんを診よう」
そう決意し、往診専門の鍼灸師として事業をスタートさせました。

修行時代の経験を武器に 修行時代、私は往診事業にも関わらせていただいていたため、
営業の方法や患者さんとの関わり方について、ある程度の知識はありました。
「やるべきことはわかっている。あとはやるだけ」
そう自分に言い聞かせ、すぐに行動に移しました。

寝る間も惜しんだ半年間
毎朝3時に起きてチラシ配り。
日中は営業活動。
夜は生活のためのアルバイト。

ほとんど寝る時間もないまま、半年間走り続けました。
今振り返ると、 「よくやっていたな」と思いますが、 当時はただ必死でした。
現実の壁 しかし、現実は簡単ではありませんでした。
訪問先でよく言われたのは、
「マッサージはできますか?」という言葉。
そして何より感じたのは、
鍼灸の往診そのものを知らない方がほとんどだったということでした。
需要がないのではなく、 “知られていない”という壁にぶつかっていることに気づきました。

知ってもらうために動き続ける それでも私は、あきらめませんでした。
市内の事業所を一件一件、 毎日のように訪問しました。
顔を覚えてもらうまで通い続け、 時には
「しつこいから来ないでほしい」と言われることもありました。
それでもやめませんでした。

「知ってもらわなければ、何も始まらない」 その一心で、行動を続けました。
そして、最初の患者さんとの出会い そんな日々を続けていたある日、
3ヵ月を過ぎた頃に一本の連絡が入りました。

「往診をお願いしたいのですが――」
ついに、最初の患者さんとのご縁がつながった瞬間でした。
しかし、この出会いは単なる「最初の一人」ではありませんでした。
この方との出会いが、私の鍼灸人生を大きく変えることになるのです。

#鍼灸#鍼灸師#鍼#針#鍼治療

2026年03月22日

12年の時を経て

12年前と同じ「馬」の字を、再び患者さんからいただきました。

あの頃の自分と今の自分。
環境も立場も、背負うものも変わりました。
それでもこうして、同じ一文字が再び目の前に現れる。

縁とは本当に不思議なものです。

最近、「こうしたいな」と心の中で思い描いていたことがありました。
まだ形にもなっていない、誰にも言っていない構想。

そんな時に、まるで背中を押すかのようなお誘いが偶然やってきました。

やはり、思いは言葉にしたほうがいい。
外に出したほうがいい。

周りから
「無理に決まっている」
「何を言っているんだ」
「変わっている」

そう言われることがあったとしても。

自分の軸は曲げない。
しかし、時代には柔軟に対応する。

頭が硬くなりすぎれば、
正しい判断も、進むべき方向も見失ってしまう。

赤ちゃんのように純粋な目で、
まっすぐ物事を見つめること。

松下幸之助さんは
「経営は90%が運、10%が方向性」と言ったそうです。

努力はしている。
いや、生きていること自体が努力の連続です。

しかし、努力したから成功できるとは限らない。
努力すれば必ず成功するなら、世の中は成功者で溢れているはず。

大事なのは、10%の“方向性”。

その瞬間に現れたチャンスを
掴むか、掴まないか。

その選択の積み重ねが、未来を変えていく。

今回、素敵な「馬」の字を書いてくださった、
長年治療を受けてくださっている患者さん。

いつも治療を通してだけでなく、
人生において大切なことを教えていただいています。

いくつになっても挑戦。
いくつになっても勉強。

12年の時を経て、
また同じような出会いに恵まれたことに心から感謝です。

ご縁を大切に、
これからも走り続けます。

2026年02月22日

本気で仕事に向き合う ~修行編~ 静岡市 鍼灸院

本気になるということ
〜叱られ、迷い、気づいた鍼灸師としての覚悟〜

試練の一ヵ月間を乗り越え、私はようやく、正式に鍼灸院へ就職することができました。
しかし、本当の修行は、ここから始まりました。
「帰れ」
「立ってろ」毎日の叱責 就職初日から、私は現実の厳しさを思い知らされました。

「手を早く動かせ」
「遅い」
「帰れ」
「その場に立ってろ」 そんな言葉が飛び交う日々。

一瞬でも集中を切らせば、現場は乱れ、診療の流れが崩れます。
私は常に耳を澄ませ、次の動きを読みながら、
師匠や患者さんの動きに気を配り続けました。
緊張の糸が張り詰めた毎日。
それでも、時間が経つにつれ、少しずつ任される仕事が増え
、責任とプレッシャーも大きくなっていきました。

心が折れかけた朝 そんな日々が一年ほど過ぎたある朝、私はふと気がつくと、
始発の電車に乗り、遠く離れた公園にひとりで座っていたのです。

何も考えられず、ぼんやりと一日を過ごし、気づけば日は沈みかけていました。
携帯を開くと、着信履歴は40件以上。

親、兄弟、そして師匠からも―― 皆が私のことを心配してくれていたのです。
恐る恐る治療院へ電話をかけると、師匠は一言だけ。

「すぐに戻ってきなさい。」 治療院に戻ると、師匠は静かに言いました。

「明日からまた来なさい。」 それだけでした。

変わったのは、自分の“覚悟” その日の夜、私は自問自答を繰り返しました。
「自分は、本気で働いていたのか?」
「怒られる意味を理解していたのか?」
「自分の行動が、診療の流れを乱していたのではないか?」
ただ“怒られている”と受け止めていた私は、
それを「自分のこと」として考えたことがなかったのです。
今までは、どこか他人事だった。 師匠がやってくれる。 副院長が決めてくれる。
受付がやってくれる―― そうやって、責任をどこかに預けていました。

でもこの日を境に、私の中で考え方が変わりました。
次の日から、私はまず院内の掃除を毎朝自主的に始めました。
「汚れを見つける目は、患者さんの不調を見つける目にもつながる。」
そう思いながら、治療に必要な基本を積み重ねました。

そして、患者さんへの接し方も変わりました。
「自分の患者さん」として、責任をもって向き合うようになったのです。
そうすると、今まで耳に刺さっていた厳しい言葉も、
“自分のための言葉”として受け入れられるようになっていました。

気づいたのです。 私はまだ、本気で患者さんを良くしたいと思えていなかった。
ただ、指示されたことを“作業”としてこなしていただけだったと。
そして、夢が芽生える それからは、三年間ほぼ休みなく働き続けました。

必死に学び、臨床を重ねる中で、ある思いが徐々に大きくなっていきました。
「自分の治療院を開きたい」 患者さんと自分自身が本気で向き合える場所をつくりたい。

その思いが、心の奥から静かに、そして力強く湧き上がってきたのです。

2026年02月13日

鍼灸師としての第一歩と進路の決断 静岡市 鍼灸院

国家試験が近づくにつれ、卒業後の進路について真剣に考えるようになりました。
地元の鍼灸院や整骨院で働くという選択肢もありましたが、
正直、私はそこに強い魅力を感じてはいませんでした。
やはり心の奥底にあったのは、「大学病院で鍼灸治療に携わる」という憧れでした。
そこで、関東圏の大学病院で鍼灸師を募集しているところがないか、
パソコンで検索を始めました。

そんな中、ふと目に留まったのが東京都郊外にある一つの鍼灸院の求人情報でした。
「なんとなく、気になるな…」と思い、詳しく見てみると、
そこでは保険ではなく完全自費診療で、多くの患者さんが来院しており、
しかも非常に幅広い症状に対応していると書かれていました。
内容を読んでいくうちに、私の中で直感的に『ここだ!』と強く感じたのです。
まだ大学病院の試験も控えている状況ではありましたが、
「考えるよりまず行動」とばかりに、その鍼灸院に見学を申し込んでみることにしました。

そして、実際に院内を見学させていただいた日
私は、今でも忘れられないほどの衝撃を受けました。
一日に来院する患者さんの多さ、老若男女を問わず訪れる人々、そして何より驚いたのは、 教科書でしか見たことのなかったような、さまざまな病気・症状の方々が、鍼灸治療を真剣に受けていたことです。
「鍼灸治療=年配の方のためのもの」という先入観は、一瞬で吹き飛びました。
さらに、私の心を強く揺さぶったのが、院長(私の師匠)の施術スタイルでした。
スピーディで的確、次から次へと患者さんに対応するその姿勢。
そして、短い会話の中にも込められた、深い臨床的思考。
「なぜその治療法を選ぶのか?」
「どんな考えに基づいてこのアプローチなのか?」
その一つひとつが気になって仕方がありませんでした。
そして私は、迷うことなく「ここで学びたい」と思い、就職を決意しました。
大学病院の試験も受けましたが、最終的には辞退し、この鍼灸院で働くことを選びました。

そんな私に、見学後に師匠が放った衝撃のひとこと
「一ヵ月、無給で働いたら就職を認めるよ。」
「…大丈夫だろうか」と迷いもありました。
私は覚悟を決めました。

ここからが、私の鍼灸師としての本当の第一歩です。

2026年01月27日

鍼灸師を目指して歩んだ学生生活 静岡市 鍼灸院

高校3年生の夏、
「鍼灸師としてスポーツトレーナーになりたい」と志を立てた私は、
無事に鍼灸専門学校へ入学することができました。

入学当初は、夢と期待に胸を膨らませながら、充実した日々を過ごしていました。
しかし、学びを進めるうちに、私の中にある気持ちが徐々に強くなっていきました。

「一日でも早く現場に立ちたい」
「臨床で活躍できる確かな技術を身につけたい」

そんな思いから、私は授業以外の時間も惜しまず、
積極的に外部の勉強会へ参加するようになりました。
はじめは、スポーツトレーナーが主催する勉強会や、テーピング講習会に参加し
、実際の競技現場にも足を運んで、多くのことを肌で学びました。
実践的な現場に触れることで、自分が将来進むべき道のイメージをより
鮮明に描けるようになったのです。

また、ある書籍に書かれていた「とにかく手に目をつけろ」という言葉が、
私の学びの姿勢に大きな影響を与えました。
「もっと手の感覚を磨きたい」 そう思った私は、
大手リラクゼーショングループでアルバイトを始め、
できるだけ多くのお客様の身体に触れることで、触診の感覚を養うことに努めました。
そこでの経験は、今思えば非常に大きな財産となりました。
そして鍼灸の学びが深まるにつれ、
私はさまざまな流派や治療法にも強く興味を持つようになりました。
経絡治療、接触鍼、長野式、深層鍼、 自分が「これだ」と感じたものには迷わず足を運び、勉強会に参加しました。ときには遠方の大分県の先生の勉強会にも何度か通い、
その技術に惹かれて「将来はこの方法で生きていく」と、
自然と自分の方向性が定まっていったのです。

そうして学生生活を送る中で、もうひとつ、私の中に新たな変化が生まれていきました。
最初は「スポーツトレーナーになりたい」という気持ちが強かった私ですが、
医療の勉強を進めていく中で、様々な病気・症状に苦しむ患者さんを、
鍼灸で助けたいという思いが大きくなっていったのです。
国家資格の勉強をする中で、鍼灸が対応できる症状は、肩こりや腰痛にとどまらず、
内臓疾患、自律神経の不調、不妊、癌のサポートなど、幅広いことを知り、
まさに「医療としての鍼灸」の可能性を感じるようになりました。

その頃、「大学病院の中に鍼灸を取り入れている科がある」と知り、
「そこで働きたい。もっと学びたい。より多くの病気に対して、鍼灸の効果を確かめたい」
そうした思いが心の中で確信へと変わっていきました。
この学生時代に芽生えた「鍼灸=医療」という考え方こそが、
現在の私の原点となっています。

次回は、資格取得後の臨床経験を通して得た気づきや、
実際に患者さんと向き合う中で感じたことをお伝えしたいと思います。

2026年01月19日
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